【「SDGs CHALLENGE Open Talk」レポート】Social Impact事業へのVC投資

2023.03.10

SDGsの課題解決に挑戦するスタートアップを、半年間に渡り様々なプログラムでサポートするSDGs CHALLENGE。SDGs CHALLEGNEでは、SDGsに代表される新たなビジネス潮流について意識喚起・啓蒙を図り、この課題解決に向けてグローバル展開を目指すスタートアップ・企業などに向けて、関心を持つ方々たちと共にオープンな議論を行う無料・公開カンファレンス「SDGs CHALLENGE Open Talk」を定期的に開催しています。

2022年1月20日、「ソーシャルインパクト事業へのVC投資」をテーマとしたオープントークイベントが開催されました。

ゲストスピーカーに迎えたのは、日本でインパクト投資をリードする一般財団法人社会変革推進財団(以下、SIIF<シーフ>)の加藤有也さんです。「インパクトVC」の視点から、インパクト投資の概要や現状、投資事例についてお話をいただきました。SDGs CHALLENGE統括コーディネーターの山下哲也がモデレーターとなったトークセッション、参加者との質疑応答やディスカッションではわずかな時間で熱量のあるトークが繰り広げられ、インパクト投資について理解が深まる時間となりました。

■プログラム概要
16:00 開会・趣旨説明など
16:10 SIIF 加藤さんによる講演
 ・インパクト投資の説明
 ・インパクト企業が社会的価値の観点から事業を考えることの価値
 ・いつ、どのようにインパクトを測定するのか〜ロジックモデルのご紹介
 ・IPOに向けて:ロジックモデルの活用とインパクト思考の経営の実践
16:50 参加者を交えたディスカッション・質疑応答
17:30 ネットワーキング(福寿の試飲あり)

■ゲストスピーカー
加藤 有也 氏
(一財)社会変革推進財団 事業部 インパクト・オフィサー
日本インパクト投資2号ファンド(通称:はたらくFUND)ディレクター

総合出版社にて海外版権事業や国内外関連会社の設立・経営企画に従事した後、2014年からコーポレート・ベンチャーキャピタルの設立・運営およびベンチャー企業との資本業務提携に携わりました。2019年、経営大学院での学びと出会いをきっかけに当財団に参画。現在は、はたらくFUND(日本インパクト投資2号ファンド)の運営と創業期の社会起業家支援事業の立ち上げを担当しています。経営学修士。

■モデレーター
山下 哲也 氏
山下計画株式会社 代表取締役|SDGs CHALLENGE統括コーディネーター

NEC・Motorola・NTTdocomoにて、新技術導入・戦略提携・スマートフォン開発を担当。 2012年に山下計画(株)を設立。各種アクセラレーター・支援プログラムの設計統括・メンターを務め、多数の起業家に対しメンタリングを提供。岡山大Entrepreneurship教育プログラム「SiEED」(2019)の設計・講師、文科省Entrepreneurship教育有識者委員を務め、Entrepreneurship学習の開発・普及にも挑戦中。

2022年度のラストとなったオープントークイベントは、世界各国で愛飲される日本酒「福寿」の酒蔵・神戸酒心館にある酒蔵を活用した木造ホールで行われました。この蔵元では、世界初の実質カーボンゼロをコンセプトにした日本酒を発売したことでも注目を集め、世界経済フォーラム「ダボス会議」のジャパンナイトという催しでも、日本の酒として紹介されました。こうしたコンセプトに触れるという意味でも、まさにSDGs CHALLENGEにふさわしい会場となりました。

ゲストスピーカーとして講義をしてくれた加藤さんは、元々、総合出版社の講談社で海外事業や国内外関連会社の企画に携わっていました。CVCの立ち上げや運営に関わったのを機にスタートアップや起業家の価値に魅力を感じたことがきっかけで「同じ投資を、社会起業家のために」と2019年に転職し、SIIFに参画しました。

自助・公助・共助の枠組みを超えて、社会的・経済的資源循環のエコシステムをつくる」というミッションのもと設立されたSIIFは、主にインパクト投資におけるモデル開発、支援・投資の実践、普及に向けて環境整備や研究・調査を手がけています。なかでも加藤さんは、事業部インパクトオフィサーとして活躍しながら、インパクト投資を専門的に行うVC型の投資ファンド「はたらくFUND」の運営にもディレクターとして関わっています。

加藤さんによるとインパクト投資は2010年代の中盤から取り組みが進められ、このところ非常に盛り上がってきているそうで、SIIFは国内での開拓を進めようと取り組んでいます。

インパクト投資の説明、そしてどのような観点で投資判断をしているのかを中心に事例をふまえながら講演が進んでいきました。

 

IPOまでのプロセスを支えるインパクト投資の本質的価値を知る

加藤さんがディレクターを務める「はたらくFUND」は、「人生でさまざまなライフイベントがあっても、誰もが自分たちらしく働き続けられる環境づくり」を行うスタートアップを中心に投資をしています。さまざまな社会課題の中でも、世の中の構造的な問題が原因で解決がされてこなかったものを解決していくという思いを持って取り組むファンドです。子育てや介護といったケアの領域、リスキリングなど仕事の領域、そして教育や医療・ヘルスケアに取り組む事業に集中的に投資をして、多様な働き方・生き方を創造していこうとしています。

組織の多様性については「はたらくFUND」が自ら体現をしていて、ファンドを立ち上げたパートナーを含めメンバーの男女比はちょうど半数ずつで男性投資家が大半を占めるベンチャーキャピタル業界のなかでは画期的なチームになるのだそうです。日本でもベンチャーキャピタル型のインパクト投資ファンドが成功できること、多様なインパクト・スタートアップが生み出せること、その証明を目指して社会課題解決の仕組みづくりに挑んでいます。

そもそも、インパクト投資とは社会的・環境的なインパクトを生み出すことを意図している事業や企業、組織、ファンドに投資するもので、財務リターンと社会的成果を両立することを目指した投資です。労働人口の減少や地方経済の縮小、環境問題といった構造的な課題解決を必要とする分野が対象になっています。

<インパクト投資の4要素>

  1. Intentionality(意図がある)
  2. Financial Returns(財務的リターンを目指す)
  3. Range of asset classes(広範なアセットクラスを含む)
  4. Impact Measurement(インパクト測定・マネジメントを行う)

インパクト投資として価値を生むために大切な要素としてグローバルで議論されてきたのはことは4つ、と加藤さんは説明します。「財務的リターンを目指すことに加えて、そこに『社会課題を解決したい、あるべき社会を実現したいという意 図があること』一言でいえば、投資家に『意図がある』ことがインパクト投資の特徴です」。

「案件を見つけて投資をするまでに、どのようなことが行われているのか?」というVCとの出会いのタイミングにフォーカスをして話が進んでいきました。

VCは、事業が急成長して3〜5年でIPOを目指すといった企業に投資をします。

これに加えてインパクトVCは、急成長しながら社会課題を同時に解決する「インパクト・ユニコーン」になりうる企業に投資をしています。投資の判断基準は、VCとして着目する「事業(成長と収益化)」と、インパクト投資として着目する「インパクト(拡大と深化)」が正の相関にあること、つまり、事業が伸びればインパクトも伸びる、逆もまたしかり、という構造を持っているかを重視していると言います。

「起業家が、世の中を良くすることを目指すと言い続けるのはかなり大変なことなんです」と加藤さんは事例を挙げました。ヨーグルトで有名なヨーロッパの上場企業・ダノンでは、経営トップが強いインパクト志向を持っていたものの、業績不信の責任を取る形で株主から解任されてしまいました。

「一般に資本市場では、投資家は、あくまでも財務的リターンを期待して投資します。その環境の中で、上場後も経営陣がインパクトの創出と事業成長や利益の拡大を両立できるよう支援するのが、上場を目指す企業に伴走するインパクトVCの価値でなければならないと思っています」と加藤さんは言います。

インパクト投資でも一般的な投資家と同じく、デューデリジェンス(投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)を行います。一般のVCとの大きな違いは、財務的なデューデリジェンスだけでなく、インパクトについてもデューデリジェンスを行うことです。インパクト面については「大きく7つのポイントに整理しています」と加藤さんは説明します。

<インパクト投資におけるデューデリジェンスのポイント>

  1. 社会課題の当事者
  2. 課題の規模
  3. 課題の本質的要因
  4. 実現したい状態
  5. 自社のアプローチ
  6. 難所と突破口
  7. インパクト可視化

起業家は投資家に対してどんな「顧客」に対してどのようなプロダクトを提供して事業成長を図るのかを説明しますが、加藤さんは「インパクト投資ではそれに加えて、社会課題当事者と、その当事者に与える効果についても判断基準にします」と、インパクトVCの着眼点の幅広さを話します。

インパクト投資家は顧客提供価値についてカスタマージャーニーを作るように、社会課題当事者などの多様なステークホルダーに対する価値についても『社会課題解決にいたる道筋』を投資家なりに整理し、事業が成功した場合に社会にどのような影響が生まれるのか見極めるのだそうです。

インパクト投資は、「事業が生み出すインパクトの大きさを把握するため、インパクト「深さ・広さ・期間」を検討しますが、VC型インパクト投資の場合は、事業の成長性と創出するインパクトの大きさが正の相関にあるということを重視するため、『課題の広さ』は重視な要素となります」と説明します。 加えて、「社会課題」が解決されてこなかった背後には複数の要因が絡み合っているメカニズムがあると考えられるため、そうした根本的な課題構造も探りながら、インパクト戦略の確実性の度合いを見て投資家は判断しています。

 

ロジックモデルの大切さを事例から学ぶ

インパクト投資と従来のVCとの違いや投資家のインパクトに対する視点を知ったあと、後半はインパクトの可視化について事例を挙げながら説明をしてくれました。

インパクト戦略を評価する上で、投資家は「社会課題解決の道筋」をビジュアルで表した「ロジックモデル」を作成することがあります。「ロジックモデルは事業が目指すビジョンやスーパーゴールと、日々の事業をつなぐ設計図です。投資家にも社会を変えたいという意図があるので、自分たちもその戦略に腹落ちできるかを重視しています」と投資家の視点を話します。

「VCと起業家の皆さんが事業仮説を共通認識としていくように、インパクト投資家とはインパクト仮説も共通認識とできるように、『ロジックモデル』を題材に、ご自身が持っている『社会の変え方』の仮説をぶつけながらインパクト投資家と対話できるとよいと思います。そうすれば、インパクト投資家からの調達は、単なる資金調達を超えて、インパクトを生み出す戦略を磨く共同作業になるかもしれません」と加藤さんはインパクト投資と向き合う上での心構えを話してくれました。
加藤さんは「社会課題を解決しながら事業を育てるという点で、インパクト投資家の考え方を経営に取り入れることは起業家にとっても差別化を図る上でプラスになります」と力を込めます。

「ロジックモデル」は、投資家との対話だけでなく、経営を推し進めるうえでも有効活用することを加藤さんは提唱します。例えば、営業先に自社プロダクトを導入することによる社会的価値を伝えたり、採用や組織拡大の場面でチームメンバーにビジョン・ミッションと日常の仕事のつながりを理解してもらう、ミッションの実現に向けた行動をメンバーの行動目標に落とし込むといったさまざまな局面で、インパクト志向の企業であることを強みに変えるツールになるとポイントを伝えます。

介護事業者と介護者のマッチングサイトを運営する会社や生活困窮者向けに安価で快適な住宅を提供する会社をはじめ、「はたらくFUND」が支援している企業など、さまざまなビジネスのロジックモデル事例が挙げられ、インパクト投資とインパクト志向の経営の盛り上がりを事例を通して垣間見ることができました。

「起業家の皆さんが事業を通じて世の中を変えたいと考えていらっしゃるように、インパクト投資家はお金の流れを変えることを通じて世の中を変えたいと願っています。同じ思いを持つ者として、これからもぜひ一緒に学ばせてください」と講演が締めくくられました。

 

インパクト投資への興味関心の高さがうかがえたディスカッション

最後は、モデレーター山下さんと加藤さんによる参加者とのディスカッション。

「ファンドに出資するLP投資家を選ぶ基準はあるのでしょうか?」と出資者の選定方法を尋ねる参加者に対しては、「はたらくFUNDの場合はLP投資家の選定方針を持っています。詳しい内容は一般公開されているインパクトレポートにも記していますが、ファンドが目指すインパクト創出に賛同いただけるかといったポジティブな要素と、重大なESG(環境・社会・ガバナンス)リスクが出資者に顕在化していないかといったネガティブな要素の両面を意識しています」と加藤さんが回答し、起業家、ファンド運用者、ファンド出資者の視点が揃っていることの大切さを述べました。

加藤さんの講演内容や参加者との質疑応答をうけて、モデレーターの山下さんからも「インパクトの可視化をする上で『よりよい状態』は国や経済発展の状況などによっても異なると思われるが、望ましい状態を投資家はどのように判断しているのでしょうか?」と加藤さんへの質問が投げかけられました。

加藤さんは「『よりよい状態』に正解はなく、投資家一人ひとりの価値観も大きく影響されるものだと思います。それだけに、ファンドとしては内部で議論を重ねたうえで、ファンド全体として目指す状態を「セオリー・オブ・チェンジ(変革の仮説)」という形で整理しました。個別の課題についても、課題当事者にとって重大性があるか、緊急性があるか、といったように論点を整理して、取り組み方のコンセンサスを作っています」とリアルな投資家の視点をお話されていました。

ディスカッションは具体的な質問が飛び交い、投資家のリアルな声を聞ける有意義な時間となりました。

トーク後、カーボンフリーの日本酒「福寿」を試飲しながらのネットワーキングでは、ディスカッションの盛り上がりをそのままに、ゲストスピーカーの加藤さんや参加者たちが賑やかに交流をしている姿が見られました。

社会課題の解決をする企業は、社会的にも経済的にもニーズの高いものをテーマにしています。起業家と投資家が共によりよい世の中に変化させていくインパクト投資は、これからさらに多くの投資家の理解が進めば、より一層市場は拡大する価値ある投資だと理解できるイベントとなりました。