行動科学 × AIで、人々の健康を後押し 世界中が注目する神戸発のスタートアップ・Godot

2023.06.08

2021年よりスタートした兵庫県・神戸市のスタートアップ支援プログラム「SDGs CHALLENGE」。このプログラムは、世界規模のSDGs課題解決を目指すスタートアップなどに、アクセラレーションプログラムやメンタリング・ネットワーキングの提供を通じて事業開発・海外進出を支援しています。
2022年にこのプログラムに参加した株式会社Godot(ゴドー)は、世界の人々の健康維持・増進の行動を後押しする行動科学(ナッジ)と機械学習(AI)を組み合わせた「Nudge AI(ナッジAI)」を開発した神戸発のスタートアップです。 人々の行動特性を科学的にプロダクト化することに成功したGodotは創業わずか2年で世界中から注目される企業に成長しました。SDGs CHALLENGEに参加してどんなことを得られたのでしょうか。代表取締役の森山健さんにお話を伺いました。

株式会社Godot
代表者:森山 健
設立: 2022年7月
住所:兵庫県神戸市中央区浪花町56番地 KiP内
URL:https://godot.inc
「科学で人と社会を覚醒させる」をミッションに、行動科学と機械学習を組み合わせた一人ひとりに合わせて健康行動を促す個別化エンジン「NudgeAI®︎」を開発・提供。「NudgeAI」は、自治体での公衆衛生領域(がん検診受診率向上等)で活用されるほか、WHOや国連事業にも採択されています。

一人ひとりに最適な行動のきっかけをつくる

Godotを創業されたきっかけを教えてください。

私は神戸生まれで、小学校から大学院までをアメリカで過ごした後に東京で就職して、10年間は外資系の金融畑で働いていました。共同創業したファンドを大手ファンドに売却した後、途上国でのソーシャルビジネスの立ち上げを経験しました。Godotの前身であるケイスリーの立ち上げを機に、本格的に行政サービスに取り組むようになりました。
行政サービスに取り組みたいと思ったきっかけは、オックスフォード大学行政大学院に留学した際に、「科学的根拠に基づく公共政策」を学んだことです。これまで投資家としていろんな情報収集をして投資判断することやスタートアップ創業者として経営判断をする中で、人間がどんな形で意思決定をするのかということに非常に興味がありました。その時に、良い仲間たちに巡り会い、それを本業にしたんです。

数々の特許や商標を取得されている、行動科学と機械学習を組み合わせた「NudgeAI」とはどのようなサービスなのでしょうか?

私たちが取り組んでいるのは、一人ひとりに寄り添って行動変容を起こすこと。個人のウェルビーイング向上を目的とした事業を展開しています。例えば、がん検診や貯金、ダイエットなどあらゆることに対して、人が行動しない理由は「時間がない」「必要性を感じていない」などさまざまです。

世の中が多様化していますが、それは個別化へのニーズも高まるということになります。我々は一人ひとりの行動に対する後押しを実現するために、行動科学とAIを組み合わせた「NudgeAI」を開発しました。行動科学とは、人間と社会の関係をさまざまな科学的方法で解明していく学問です。行動科学のエビデンスと人々の行動データを学習することで、一人ひとりの意思決定や行動を効果的に変容するための介入設計を支援しています。

「NudgeAI」は、サービスとコミュニケーションのデザインを実現するものです。どんなアプローチをすればユーザーの行動変容を起こすことができるのかということを研究し、個別化・最適化されたアプローチ方法を設計できる技術があるというのが強みです。

ナッジAIの特徴「行動科学的距離」

ユーザーの属性情報を取得するのではなく、行動特性を元に個人へのアプローチ方法を最適化するということですね。

1回で行動を促すのではなく、いろんな角度から情報を提供してみて、それに対する反応を見てその人の行動特性を見極め、介入を設計します。それを我々は「探索的」と呼んでいます。山登りに例えると最初から富士山の頂上を目指すのではなく、「まず3合目まで登ってください」と行動を促します。その中でどうやって3合目までたどり着くかを観察していきます。

すでにさまざまな自治体の公衆衛生領域で活用されている「NudgeAI」ですが、どんな成果が出ているのでしょうか?

大阪市が大腸がん検診の受診率を高めたいということで支援させていただいた事例だと、対象の4,000人のうち8割が過去に一度もがん検診を受けたことがないという状況だったのに対し、さまざまな方法で受診を促しました。ハガキ郵送では39%、ショートメッセージで54%、全体では46%まで受診率を引き上げることに成功しました。大阪市にとってこの事業に使った費用の6倍の医療費適正化効果を得られているという数字も出ているので、価値ある行動変容を促すことに成功したと言える事例です。

公衆衛生分野での挑戦で素晴らしい成果や実績を出し、今やWHOや国連事業にも採択されるようになり、社会にインパクトを与えていらっしゃいますね。

ありがたいことに導入の動きはどんどん加速していまして、健康経営推進やがん検診勧奨、ワクチン接種勧奨、特定健診勧奨などのほか、ウェルビーイング向上という文脈でメンタルヘルスアプリやダイエット支援、英語の学習支援、高齢者へのタブレット利用促進といったところに活用が広がってきています。
WHOの行う「イノベーションチャレンジ」にも当社が採択され、各国の政府ともさまざまな話し合いを進めています。具体的にはベトナムとマレーシアで結核予防における実証事業の準備を進めているところです。

 

メンターはチアリーダーのような存在

すでに国内外を問わず活躍をされている中で、なぜSDGs CHALLENGEに応募されたのでしょうか?

応募当時、まだ前身の行政向けシンクタンクの一事業部でした。国内の地方自治体だけでなくウェルビーイング向上のためにいろんな組織を事業対象にするのかを迷っていた時だったんです。そんな中で、メンターがいて他のスタートアップ経営者たちと取り組むプログラムに惹かれて参加しました。

プログラムの参加が、森山さんにどのような効果や気づきをもたらしましたか?

ミッション・ビジョン・バリューを明確に定義して、独立した方が自分の目指したいことに忠実になれて、加速できるなと確証を得られました。
プログラムの中で公衆衛生の専門家からチームづくりに詳しい方まで、5人くらいのメンターにお会いしたと思います。僕にとって、彼らはチアリーダーのような存在でした。売上最優先とか利益を最重視するのではなく、「社会課題に取り組むあなたたちは間違ってないんだよ」っていうことをきちんと言葉にしてくれて。我々にとってはそこが一番重要で、一番良かったのかなと思っています。
社会課題解決に忠実であることの大切さを、情熱と自信を持ってきちんと応援してくれる存在がいることは非常に大切だと思いましたし、すべてのスタートアップにはそういうチアリーダーは必要だと実感しました。シリコンバレーの教科書ではそれを「熱狂的なファン」と言っているものもありますが、メンターは他の人にどんどん営業してくれる立ち上げ期のお客さまという感じです。サービスを利用するユーザーとは異なる視点から「信じてるよ」と言ってもらえるのはすごくありがたいです。そう言った意味で、SDGs CHALLENGEに参加していなかったら、Godotとして独立できていなかったかもしれません。

プログラムに参加した企業の方たちとの交流はありますか?

そうですね。仲良くなって、家族ぐるみでお会いしている方もいますし、資金調達や組織づくりの課題を相談したり、プログラム以外でピッチなどコンペなどでも顔を合わせる機会も増えて、交流が続く方たちもいますね。コミュニティに属してるっていうのは、我々にとって想像以上に大切なことなんだなって感じています。

 

神戸は、スタートアップの挑戦を支えてくれるまち

神戸を拠点に事業展開をされていますが、この地で取り組む魅力を教えてください。

私は家族と共に神戸で暮らしています。国際色のある港町で子育てをしたいという思いもあったので神戸を拠点にしています。
今、スタートアップ支援のシステムは世界中にあって、国内でもいろんなところにできていますよね。スタートアップって刺激を受けて「よし、やるぞ。頑張るぞ」って思えることが重要だと思うので、良い刺激を受けられる環境が必要だと思っています。それが、今の僕にとっては東京ではないと思ったし、行動科学や人間特性といったところに取り組むからには、歴史もあって人々が生活しているんだということを実感できる場所にいる必要性を感じています。そういった意味で、神戸は田舎すぎず都会すぎず、アクセスの良さ、何よりも歴史の厚みがあるのが魅力だと思いますし、事業拠点として合っているなと思っています。

 

独立を模索していた森山さんにとって、プログラムは資金的支援以上にメンタル的支援が心強かったのですね。

兵庫県・神戸市が主催してるという点はとても重要なポイントだと思いますね。SDGs CHALLENGEでは資金的な支援もあって嬉しいのですが、やはり僕はそれ以上に、大切に思ってくれていることとか、「会社のファンです」ということを感じさせてくれるというのがとてもありがたかった。神戸市の新産業課のみなさんとも触れ合う中で、事業を進める上で元気を届けてくれていたと感じています。 この事業に本気で挑もうと思っている時に、気持ち的な支援と資金的な支援が両方必要になってくるのではないでしょうか。

「NudgeAI」はこれから、公衆衛生分野だけではなくさまざまな領域で活用されていきそうですね。今後の展望についてもお聞かせください。

Godotのいるところに行動変容に関するサービスやコミュニケーション・デザインの最先端ありという状況をつくりたいですね(笑)。AIを活用して、どうしたらより他人と共感できるようになるのか、どうしたらその人にしかできないものを高められるのか「人間性拡張」とでも言うのでしょうか。そういったことを「NudgeAI」を通して、いろんな分野に適応させ、底上げにつなげていけたらと思っています。